本日は、大都会の片隅の古いアパートで大家さんと暮らしていた頃のお話です。
私は都会が好きではありませんが、紆余曲折あり大都会で一人暮らしをすることになりました。それは一般的な一人暮らしのイメージとは異なる、大家さんとの暮らしのはじまりでした。
大家さんとの出会い
大家さんとの出会いは、まさに偶然が重ならなければありませんでした。
私が新卒で入社した会社は寮がなく、自分で住まいを探さなければなりませんでした。会社の紹介してくれた不動産会社の担当者とは相性が悪く、満足いく物件を見つけることができませんでした。そんなときに、アルバイトをしていた小さな不動産会社の社長に愚痴を漏らしたところ、紹介できる物件があると急遽紹介してもらえることになりました。
紹介してもらった物件の一つが、大都会東京のターミナル駅から徒歩5分の大家さんの物件でした。その物件には大家さんの面接をクリアしなければ入居できないとのことでした。
冬の終わりも近いある日、面接のために大家さんを訪ねました。大家さんが営む呉服屋の店内に通してもらい、お話をしました。大家さんは、とても上品でかわいらしい人で着物がお似合いでした。旦那さんもお茶目な方で人当たりが良く、私は二人に好感を持ちました。大家さんたちにも気に入ってもらえたようで、面接は合格。無事に次の春から、住むことが決まりました。
大都会の片隅の古いアパート
アパートは、大都会東京の商店街の奥のほうに立地していました。大家さんが営む呉服屋の2階部分の1室が大家さんの住居、1室が賃貸アパートになっていました。
ターミナル駅周辺とは思えない程静かなところに建っており、周りには神社や霊園がありました。部屋の窓からは近くの神社の立派な樹木が見えていました。
南向きの大きな窓があり、キラキラと光が差し込んでいました。大家さん曰く、日当たりが良好なおかげで、この部屋の住人は代々良縁に恵まれてきたとのことでした。そのときは半信半疑で聞いていましたが、いまの夫と出会った時に住んでいたのはそのアパートだったことを考えると、大家さんの言うとおりだったのかもしれないと、今では思います。
わたしの「東京の母」となった大家さん
大家さんはとても面倒見の良い方でした。
ひとりぼっちの私を心配して、夕飯のおかずをお裾分けしてくれたり、休日にはお散歩やお食事に連れて行ってくれました。休日の夕方には、私が階下のお店へ降りていってお茶をしながら他愛のないおしゃべりをすることが習慣になっていました。大家さんは呉服屋さんを営んでいらっしゃったので、時々着付けを習うこともありました。
新しい恋人ができると、「私が見極めてあげる」とおっしゃるので、まず大家さんに紹介するようにしていました。紹介した恋人のうち、大家さんが唯一気に入った人が、将来の結婚相手となりました。
気立てが良く、お茶目でかわいらしい面のある大家さんと私は、家族のような関係を構築していきました。そんな密な関係を知り、私の母は大家さんのことを「東京の母」と呼ぶようになりました。
大家さんとのエピソードは続く
その後、結婚するにあたり部屋手狭となり、泣く泣く大家さんのもとを離れることになりましたが、離れてからも時々会いに行きます。大家さんとのお付き合いは続きます。
本日は大家さんとの出会いについてお話しましたが、大家さんとのエピソードはまだ続きます。また別の機会にお話ししましょう。